2001年7月 : トップチームのトレーナーへ

サッカーキャンプも最終日を迎え、子供たちとも明日にはお別れ。

そんな夜にユースの監督のサンティから電話がかかる。
「来年はユースではなくトップチームでトレーナーをしてみるか?」という内容であった。

実はキャンプに出発する前、私はサンティに来年の相談をした。
「スペイン語も話せない外国人の私を受け入れてくれて1年間本当にありがとうございます。本当に感謝しています。しかし、来年は無償という形ではなく、 少しでもいいので給料を出してくれることはできませんか?」という話をクラブハウスで打ち明けた。
するとサンティは「希望する月の給料金額をこの紙に書いてくれ」という。 正直いくら書いていいか分からなかったが、思い切って「10万ペセタ(12万円くらい)」を書いてみた。
サンティは眉間にしわをよせ難しそうな顔つきをしていた。 お互い無理だろうなという空気が流れその場は終わった。

そしてこの電話。トップチームということは給料が少し出るのではないか??という期待に私は胸が膨らんだ。 キャンプも終わり、すぐさまクラブハウスに向かい呼ばれた会長室に訪れると「ユースも大事だが来年からはトップでやってくれ」という。 冷静さを保っていたが心はすでに躍っていた。
給料は月8万5千ペセタ(7万円くらい)ジャスト家賃が払える金額である。

キャンプもうまくいき、報酬もあり来月からはトップチームでの仕事となる。妻も喜んでくれた。
前トップチームのトレーナーは病気がちで来年は継続できなかったらしく、別の人材を探していて、サンティがそれを聞いて私を推薦してくれたのである。サンティの好意が本当にうれしかった。

トップチームには元バルサの選手やエスパニョールから移籍してくる選手もいて初日は本当に緊張した。
トップチームともなると、スタッフ数も増えてフィジカルコーチ、ヘッドコーチ、ゴールキーパーコーチ、ウティジェロ(用具係)、マネージャー、ドクターなど今までと状況が異なる。 飛行機での遠征、ホテルの前泊、ユースとは状況が異なるが日本でもある程度経験していたのでそれがとても役に立った。

私はこのオスピのトップチームで学んだこと、人との出会いが今後の人生に大きく変わることになる。つづく。。

山田 晃広

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