2001年6月 : 元バルサのストイチコフ・アカデミーへ参加

バルセロナへ渡り2年目となる2001年。ようやくスペイン語の日常会話が安定して、サッカーの専門用語やトレーナー的な専門用語も覚え始めていた頃だった。

私は無償でオスピのユーストレーナーをしていたため、何とか仕事がないか探していたところ、 知人の紹介で元FCバルセロナのストイチコフ選手のサッカーアカデミーが夏のサッカーキャンプを行うのでそこで2週間臨時のトレーナーを探しているのでやらないか。という。もちろん即答で参加。

バルセロナから3時間かけてサラゴサという山奥にあるサッカーキャンプ場に向かう。そこには10歳~17歳までのスペイン人の子供が100人ほどいた。
サッカーキャンプとはいえ、子供たちには楽しい、プールやキャンプファイヤーなどのイベントもたくさんあり、毎年この時期を楽しみにしている子供たちも多いという。
ストイチコフは実際に教えないが、元バルサの選手やそれなりにリーガで活躍した選手も指導者には存在して、テクニック指導や戦術の指導を午前午後2回行う。

朝、8時起床。朝食はトーストやサラダ、シリアル、フルーツなどを食べ、 10時からテクニック指導を2時間ほど行い、プールや施設内で遊んだあと14時に昼食。 パスタやパエリヤ、チキンソテーやソーセージなどが日替わりででる。
15時からシエスタ(昼寝)をして17時から戦術やポジション別に分かれて練習。 21時から夕食を取り、毎日1時間程度レクリエーションを行う。 広場でゲームをしたり夜にオリエンテーリングをしたりする。どういうわけか私が「箸の正しい使い方講座」や空手指導(もちろん未経験)を半分冗談で行ったりもした。
23時消灯。12人1組くらいで、大きなバンガローに寝袋持参で選手やスタッフは寝泊まりする。

出発前に責任者から「寝袋」を持ってくるように言われたが、実は「寝袋」のスペイン語がわからず、持っていかなかった為、バスタオルを巻いて2週間バンガローで過ごすことになってしまった。(夏とはいえサラゴサの山奥の夜はトレーナーを着ていないと寒いくらいです) それから寝袋という単語は2度と忘れない単語になりました(笑)

この2週間は私にとって24時間スペイン人の指導者と子どもと過ごすことになり、とてもいい経験となりました。 言葉、風習、トレーナーとして教えること、指導者への報告、食事、遊び、本当に学ぶことができました。
報酬は2週間で800ペセタ(96,000円くらい)と当時の私にとってはうれしすぎる価格。

そして、最終日の夜、夏でチームがお休みのはずのオスピのサンティから一本の電話が私にかかる。 電話の内容に驚き、一瞬大声を上げてしまった。つづく。

山田 晃広

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