| 【Q】 今月のお題:選手の体をケアするトレーナーさんのお仕事とは?
読者のみなさんおひさしぶりです・・・・・・ハ、ハ、ハァクショイッ!!
この号が出る頃は、花のゴールデンウイーク真っ盛りだけど、原稿を書いているのは3月終盤。梅は散って、桜の季節がすぐそこまできている。
といっても、冬がぶり返したような寒さと花粉とのダブルパンチで、どうも体調がすぐれない。
なんてこと言っていると、担当N女史から「気の緩みです」という厳しい言葉が聞こえてきそうだけれでも、春眠暁を覚えずとも言うように、まるで気合いが入らない。
そうこうしているうちに、ワールドカップ最終予選も始まってしまった。いやあ、こうなると仕事どころじゃないね。
とりあえず、北朝鮮とバーレーンの試合でも見てみることにするが、夜の日本対イラン戦までには仕事が終わるといいなあ。小人が出てきてドンジャラホイと踊りながら原稿でも書いてもらえないものだろうか。
ところでこの北朝鮮の試合会場、公式戦では珍しい人工芝である。人工芝ってのは慣れの問題もあるけども、なにしろ足腰に厳しい。長時間走っていると、ヒザが笑う。もちろんプロの体は、僕のようにヘロヘロパッパではないだろうが、それでも天然芝に比べると厳しいことに変わりない。
そんな選手たちの体のケアをするのが、トレーナーさんたちのお仕事である。
ということで、今回はJリーグのトレーナーさんを紹介してみるのである。う〜む、なかなかうまく話がつながった、ような気がする。
取材の行き先は、今シーズンからメディカル体制を新しくしたという湘南ベルマーレ。
ここにスペイン帰りという、トレーナーさんとしてはちょっと珍しい経歴を持つ人がいるという。
さっそく次のページにいってみよう。
【A】 選手や監督の話を聞きコミニュケーション! そこからすべてが始まる
今年からベルマーレに来たスペイン帰りの異色トレーナー
ワールドカップ予選、対イラン戦の10日ほど前、空は快晴、上着を脱いで春の暖かな太陽を全身で感じながら、向かった先は湘南ベルマーレの大神グラウンド。
相模川に面したグラウンドは、久しぶりに来てみると、春の日差しの中で緑が輝いていた。芝生の縞模様もきれいで、手入れが行き届いているみたいだ。手間かけてるなあ。
もっとも、ベルマーレはあと1年ちょっとで大神グラウンドからお引越しをするそうで、そうなると、チームのホームページで親しまれてきた『大神日記』はどうなるんだろうと思ったりする。
さて、大神グラウンドの練習を観ていると、上田監督の声がメガホンを使っているような大きさなのにビックリしつつ、目的の山田トレーナーの姿はすぐに見つかった。
グラウンドの中で、選手に交じるとアタマひとつ小さい山田さんは、周囲に目を配りながら選手と一緒に柔軟をし、体をほぐしていた。
動くのが好きみたいだ。かと思うと、手術明けの鶴見選手についてグラウンドを走りながら、なにやら話し合っている。
山田トレーナーのフルネームは、山田晃広さんという。簡単な経歴は左のページの表にあるのでまずは目を通してくださいまし。
最後のところだけ紹介すると、ベルマーレに来る前はスペインのラシン・サンタンデールのトップチームでトレーナーをしていた。要するに、世界の空気を肌で感じたことのある、日本では希少(って書くと珍しい動物みたいだなあ)な人なのである。
ケガをしないような状況を作りケガしてもボールが蹴れるようにケア
さて、トレーナーとひと口にいっても実はいろいろある。調べてみると一般的にトレーナーというと、日本ではともかく役割分担が確立している欧米では、トレーニングやコンディショニングを担当する専門家のことを指すようだ。また、マッサージなどある程度の治療ができるような資格を持っていたりする人のことはアスレチックトレーナーといい、ちょっと役割が違ってくる。
それとは別に、フィジオセラピストという人がいて、こっちはケガから復帰する場合などのリハビリや治療などを担当する。これも専門資格を持っている場合がある。
ただ日本では、例えばプロ野球のホームページを見てみると、トレーナーという職種が確立していないこともあり、全部をひっくるめてトレーナーということが多い。
で、ベルマーレの場合はどうかというと、フィジオセラピストにはオランダから来たピムさん、トレーナーには山田さんと、もうひとり花山さんの3人体制であたっている。メディカルスタッフ的にはかなり充実しているのである。
ではベルマーレのトレーナーさんは実際にはどんなことをしているんでしょうか?
教えて、山田さん!
「はい。第一には選手のケアですね。まずは、ケガをしない状況を作ること、万が一ケガをした時には、その場での対処から、ボールを蹴ることができうようになるまでを見ています」
というと、ケガをした選手に対しては、マッサージとかするんですか?
「スポーツマッサージや鍼ですね。あとは、テーピングやストレッチなどもやります。だから、練習の前後が一番忙しい時間ですね」
選手の様子っていうのは、見ていて分かるものなんですか?
「見て判断することもありますし、選手から依頼されることもあります。そのほか、急な体重の変化などで予兆を見ることもあります。プロ選手なので、どこかに違和感があるのは当たり前なんですよ。だから基本的には、選手とコミュニケーションを取ることが一番重要なんですね」
う、やっぱスポーツの世界は厳しいのね。以前、ある大学の先生がプロ選手のケガの例を挙げながら、冗談まじりに「スポーツは体に悪いんですよ」と言っていたが、ある意味、当たっていると思う。大変な職業だなぁ。
サッカー三昧の日々に憧れアテもなく突然スペインへ
以上、一般的な説明が済んだところで、ここからは山田さんの個人的な経験を交えながら話を進めていこう。
まず、山田さんがなんでトレーナーになったかというと、「ちょっとカッコイイかなあと思って」とかなりミーハーな動機だった。この点、「不純です」と本人も認めている。
そんなスタートだったが、「学校に行き始めてからは、これはおもしろいなって思いました」。
「自分が手を加えることで、人がラクになるんです。学んだことが結果として出たり、出なかったりする。人間は生モノですからね。それに治れば感謝される。そういうのがおもしろかったんです」
もともと話好きだったのも幸いした。治療するといっても、相手の話を聞いて、そこからすべてが始まるのだ。
「話を聞くのは、スポーツ選手も一般の人でも一緒です。その人に合った治療を考えないといけませんからね」
そうして数年間は、日本で活動していた。
が、ある時、突然スペインに行ってしまう。その時、山田さんはひとつのことしか考えていなかったという。
「スペインでサッカー漬けになりたかったんです」
いやあ、いかがなもんだろうかねえ、こういうの。羨ましいとしか言いようがない。で、ほんとにスペインではサッカー漬けになっていたというのである。
「トレーナーとしてのスポーツ医学を学ぶならアメリカです。スペインには技術的なことを目指して行ったわけじゃありません。とにかく朝から晩まで、サッカーだけの生活をしたかったんです」
バルサファンの山田さん、当然のようにバルセロナに行った。当時の生活は、例えばこんなである。
朝起きる。新聞でサッカーの記事を読む。昼はバール(喫茶店)でサッカーの話をする。テレビでサッカーを観る。夕方はスタジアムにサッカーを観に行く。帰ってから、ビデオに撮っておいた試合を見直す。
「ほんとに夢のような生活でした。チャンスがあれば、スペインにまた戻りたいって思ってますよ」
読者の皆さん、思っていることを失礼を承知で言ってみましょう。
サッカーバカァ!
はい、すっきりしました。
すさまじいプレッシャーの中でプロの厳しさを学んだスペイン時代
しかしこれだけで終わらないから、今の山田さんがある。
バルセロナに住んで3ヶ月目に、スペインリーグ2部のオスピタレットのジュニアチームに無給のトレーナーとして入り、2年目には晴れてトップチーム入りを果たす。
「ジュニアチームの頃は、辞書を片手に絵を描いて選手に説明してましたね。トップチームになった時には家賃を払えるようになりました」
その後、オスピタレットのヘッドコーチがラシンのGM(ゼネラルマネジャー)になった時、「単に夏のキャンプに行きたくて」、ラシンのキャンプに参加。あくまでもゲストである。
ところが夏キャンプ中に、長年のトレーナーが突然退団。チームは1ヶ月ほど山田さんの仕事ぶりを見たあと、正式に採用のオファーを出した。
それから1年7ヶ月。世界最高峰の舞台での経験は、「この時が、本当のトレーナーとしてのスタートだったかもしれない」というほど、衝撃的なものだった。
「初めてカンプノウのベンチに入った時は、うれしくてビデオを回しました」ということはともかく、仕事の厳しさ、チームの中でのトレーナーの役割など、それまでとは違う世界のものだったという。
「ケガ人を出さない、早く復帰させるというトレーナーとしてやるべきことは同じです。それに加えて、1部に残留するという意識の強さが、ラシンにはあった。それはスタッフも選手も同じなんです。僕たちスタッフは2部になったらクビ≠チて言われてましたから、トレーナーだけど1試合1試合の大切さを実感してました。スペインではトレーナーの技術っていうよりも、どうやって選手を励ますか、一緒に頑張ろうというかなど、メンタルな部分の対処方法、プロの厳しさを学びましたね」
山田さんは、そんな厳しさが好きだったそうだ。
しかし今はベルマーレに所属している。04−05シーズ途中での帰国だった。
「残留という選択肢はありました。けれども、日本で設立した治療院(『ロコ・ケア成城スポーツマッサージ』)のこともあったし、ベルマーレがメディカル体制を新しくするっていうことにも興味がありました。ベルマーレに行く時に、ひとつだけ、トレーナールームの秩序を確立することっていう条件を出していたんです。それもできそうだったので」
ピラミットで言えば、ピムを頂点に、山田、花山両氏でサポートするという3人体制は、今シーズンからのものだ。この体制について山田さんは、「今までで一番やりやすいと」と歓迎している。
またトレーナールームの秩序というのは、ラシンでの経験からきている。
「グラウンドでは監督がトップです。それと同じでトレ−ナールームではトレーナーがトップなんです。トレーナーは、監督、コーチの要望、戦術を理解して、彼らがどいうふうにチームをもっていきたいか、どの選手に何をして欲しいのかを把握する必要があります。トレーナールームは、それを達成するための場所なんです」
だから、トレーナーはケガを治すだけが仕事じゃない、と山田さんは考えている。マッサージの技術があればできるものではないんである。
そうしたスペインで学んだことが日本で、Jリーグで通用するかどうか。そんなことを試したくて、山田さんは日本に帰ってきた。
だから今の第一の目標は、ベルマーレがJ1に昇格することなんである。
仲間と設立した治療院ではスペイン話を披露しながら治療!?
山田さんには、もうひとつの目標がある。トレーナーとしての後進を育てることだ。
しかし、まだ30歳で後進のことを考えているとは・・・・・・。僕のまわりで後進なんて出てきたらとりあえず潰してみようって思う。っても、逆に潰されることが多いけど。なんてことは冗談として、立派な考え方っていうのは年齢に関係ないもんだなあと思ってしまう。
んで、山田さんは仲間とともに、前述の『ロコ・ケア成城スポーツマッサージ』を設立した。ロコ・ケアでは一般の治療のほか、プロスポーツ選手の専属トレーナーなども担当している。
ちなみに、週に1日か2日は山田さんもロコ・ケアで治療をしているそうだ。
「治療しながらスペインの話とかをしていますよ」
治療は予約制で、山田さんを指名することはできないそうだけど(ホストクラブじゃないから)、運がよければスペインサッカー漬けライフの話が聞けるかもね。
プロスポーツ選手といえば、ロコ・ケアでは最近、元オリンピック柔道金メダリストで、昨年末にプライドでデビューした瀧本誠選手と契約したほか、プロ野球選手も見ているそうである。
「普通のトレーナーさんは、いろんな競技をやるもんなんだろうけど、僕はサッカーのスペシャリストになりたかったんです。サッカーだけだとトレーナーとして見えなくなる部分もあるだろうけど、まだまだやることもいっぱいありますよ」
そして将来は、「やっぱりバルサに行きたいですねえ」。なにしろ山田さん、カンプノウでロナウジーニョの足を見た時に、「この体を見てみたい」と思ったそうである。「だからって、自分では特別な努力はしてないです。ちっとも。人には言ってますけどね。言い続けていれば忘れないと思うし。大きい目標は、漠然と頭の片隅にでも持っていればいいんじゃないかっておもうんですよね」
それは、ただの夢でもないもしれない。だってカンプノウのベンチに座るところまで行ったんだから。
というこで、他力本願J隊としては、山田さんがバルサに行った暁には、無理矢理にでも知人≠ニ称してカンプノウに行くことにしてみた。山田さんが忘れてもこっちは忘れないのだ。フッ、フッ、フ。
あ、その前にベルマーレのJ1昇格が先か。とりあえず、平塚だね。
「その執念、少し仕事に向けてください」N女史は言うが、それができりゃあ、苦労はしないよ。だから山田さん、これからも頑張ってね。
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